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2010.09.26 Sunday

線と線の間

眠い。


昨晩、大学時代の知り合いが5名集まり
勉強会と称してアートについて喋る会をやった。

この面子でやるのは初めてだったので
とりあえず自分のポートフォリオを見せながら
影響を受けている本を数冊上げて自己プレゼンをするという形でやってみた。

自分以外の人の話をここで紹介することはできないが
とりあえず自分が話したことぐらいはちょっとだけ書いておこう。



もともと私が大学で日本画を専攻していたのには
まず高校で洋画を教えられたことが結構大きい気がする。

洋画を描く時耳が痛くなるほど言われた
「物に輪郭線はない、あるのは陰影だけだ。」
という言葉が私にはどうしても飲みこめなかった。

理解は出来るのだけれど、納得できないと言ったらいいのか
どうしても輪郭線という概念を取り払えなかった。

そんな時に日本画の授業が始まり
「日本画と洋画の一番大きな違いは線で描くか面で描くか」
という概念を教えてもらった。

これは私の中でかなり大きな衝撃で
「ほら!やっぱり線でかくんじゃん!あっし日本画する!」
と"線の世界"に足を踏み入れた感じ。
そのころから線画を始めたんだったな。
線画→(http://gunjou.boy.jp/2010_07/gall_line.html)

線を描いてもいいんだーと解放された気分だったのを覚えている。

大学に入り、自分自身が執着している"線"とは何かを考えるようになる。
その答えは一瞬のうちに導き出されることになった。
それは色と色との"境界線"だった。
そんなこたぁわかってんよ!とか思われるかもしれないけど
私にとってはすごく大事な発見だった。

その後、本を読んでいてふと目にとまったティファニーランプ。
アールヌーヴォーのステンドグラスの色と線の調和に惚れた。
隣り合う別々の色をそこに落ち着かせてくれているものが線だ。
線は調和を生む。

光のスペクトルを分断する線たちは暗く沈み、より一層光の色を際立たせる。
もう超最高。綺麗。たまらん。
この色、私も使いたい。私もこの色出したい。

それから画面構成はフラットになり、
いかに単色を綺麗に出せるかという方向に作品が移行する。
それが大学3年生後期からだったかな。

そのころは輪郭線を描くことに何の抵抗もなかった。
むしろ空の色や、空気の色の境界線まで感じるようになり
それすらも描きこんでいくようになった。

もう輪郭線のあるなしは関係なくなった。
空気の形、気持ちの形さえも線で表現できる。



上でも少し話したけれど、私の執着している線は
色と色との"境界線"だった。
そしてその境界線が形を作っている。
本当は「形が境界線を見せている」のだけれど
視覚的には「線境界線が形を見せている」と言ってもいいと思う。

子供だろうが大人だろうが
画家だろうが数学者だろうが
絵を描く時、その輪郭線は何を元にしているかと言えば
色と色との境界線だろうと思う。

面と面の光の当たり具合を
陰影と捉えるか、それとも色の変化と捉えるか。
その違いで輪郭線の有無の概念がきっぱり分かれるんだろうな。
なんだかうまく説明できないけれど私の中ではそういう理解をしている。

さて、それから描くことから離れて"境界線"をキーワードに
私の制作について少し話した。

私は絵画表現の学部に所属し日本画クラスで日本画を学ぶ学生だった。
が、それは形式としてはそうであっても
自分のアイデンティティがそこにあるわけじゃない。

"絵画"とか"日本画"というのは一つのツールであって
そこの縛られたり支配されている状態は好まない。

線を引く時、私の感覚としては絶対に自分自身は線の中に入らない。
迷路を上から俯瞰しているようなかんじ。その迷路に自分は彷徨わない。
複数の線引きを統括する形で自分の枠がある。

いろいろなことに対して私も明確な線引きは出来ないと思うんだけど
それはやっぱ色の境界線と同じように
どっかで変化するところがあるような気がして
その一番わかりやすいのが"素材"というところだろうな。

そしてその素材を自分が今表現したいものに対して
相応しいモノを自分が選択する。
全ての素材が選択対象にあって、その素材で何をしようというより
何かをしたいから素材は何にしようという感じで
そもそも制作プロセスが違うのだ。

"素材"だとか"形式"だとか、そうゆう線引きをしていく中で
洋画や彫刻やテキスタイルやらいろんな線引きを増やしていきたい。
自分の領域を広げていきたい。
その線の上、境界線をバランスとりながら
全力疾走しているような作品を作りたい。


絵を描く、曲を作る、粘土を盛る、木を削る。
何をするにも私の感覚には線が付きもの。
今後ずっとそうなのかということは置いといて
少なくとも今の私と"線"というキーワードは切っても切れない。
視覚的であったり感覚的であったりするけれど
線を感じてしまうんだからしゃーない。

ここまで描いてきた"線"は何かを隔てるようなものとして
受け取られてしまったかもしれない。

しかし、最後に自分が一番大切にしていること。
私の軸と言ってもいい、大事なこと。

線は隔てるためのものじゃなく、繋げるためだと言う事。

決して「border」ではない。




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